| PR | EN | CO | TR | CA | AR | LI | RE | OT |
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

 - -
ひとみずむ。
ぼくの書いた「ひとみずむ41」が公開された。

http://www.hitomism.jp/?cat=6

P1210144.jpg

この中で自分で気に入っている部分は、
巴里の場面と屋形船の場面。

どちらも周囲の描写を入れているからだろう。

自分がそのとき何をした、何を言った、というのを振り返るのに
そのときの周囲はどんなだったか?というのは関係無いようでいて
とても関係あるのかも知れない。

巴里の街頭で、大勢の人が歩いていて、それで堀口さんと奥さんとぼくが歩いていて、
そうしたらもうそれ以上の何も必要ない気もする。
そこで何をしたか、何があったかということよりも、「ただそこにいた」という事実の方が
遥かに重要なのかも知れない。

そう思えるようになったのがコーチングの成果かも知れない。
また、そういう意味ですと文中で説明せずに平気なのもコーチングの成果かも知れない。

屋形船は象徴的に感じる。

屋形船の中が顕在意識の世界、外が意識下の世界。
自分が見たり聴いたり考えたりしている世界が屋形船の中であり、
それは意識下という海に浮かんでいる。

船の中は居酒屋の個室そのもので、飲み会はそこで全てこと足りる。
その空間は居酒屋と変わらないかも知れない、
だがその空間が川や海の上に浮かんでいて
中で騒ごうが笑おうが泣こうが怒ろうが、船は進んでいるのだ。
ふと外を見ると、さっきとは違った景色にいるのだ。

屋形船のこのカラクリは、心を象徴するのに丁度いい。

中の世界と外の世界、つまり意識上と意識下がどのように関連しているのかは
よく分からないけれども、

ふと外を見たら大きな海の中に出ていました。

と、いうことだけ書ければいいと思った。

P1210142.jpg

海に浮かんでいるんだから、波で揺れるのは当然。

それは悪い事件ではなく、当たり前なことなのだ。


15:15 - comments(0)
スポンサーサイト
15:15 - -
comment

message :



管理者ページ