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ブログを引っ越します。
いつもお越しいただきありがとうございます。

このたび新しいサイトに引っ越すことにしました。
今まで、拙いこのブログをお読みいただいたことを心より感謝致します。
これまで続けて来れたのは、皆様のあたたかいご声援のおかげです。
この2年間あまりで、とても成長できたような気がします。
本当にありがとうございました。
とても楽しかったです。

もし新しいサイトにもお越しいただけましたら嬉しいです。
新しいサイトは文章メインのページと写真メインのページに分かれています。
トップページ
文章ページ
写真ページ
宜しくお願いします。

新しいサイトはWordPressを使用した、かなり自由度の高いものです。
記事の投稿も快適です。
ホームページのように使うことも出来ます。
作成して頂いたのは、BIGBALOONDESIGNの青根一誠さんです。
新しくサイトを作成したいとお考えの方がもしいらっしゃいましたら、彼をオススメします。
熱い男ですので。笑
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本当に今までありがとうございました。
というか、これからも宜しければ仲良くしてください。
ぼくのFacebookとTwitterのアカウントもリンクしておきますね。
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またどこかでお会いしましょう。
ありがとうございました。
10:43 - comments(2)
ひとみずむ。
ぼくの書いた「ひとみずむ41」が公開された。

http://www.hitomism.jp/?cat=6

P1210144.jpg

この中で自分で気に入っている部分は、
巴里の場面と屋形船の場面。

どちらも周囲の描写を入れているからだろう。

自分がそのとき何をした、何を言った、というのを振り返るのに
そのときの周囲はどんなだったか?というのは関係無いようでいて
とても関係あるのかも知れない。

巴里の街頭で、大勢の人が歩いていて、それで堀口さんと奥さんとぼくが歩いていて、
そうしたらもうそれ以上の何も必要ない気もする。
そこで何をしたか、何があったかということよりも、「ただそこにいた」という事実の方が
遥かに重要なのかも知れない。

そう思えるようになったのがコーチングの成果かも知れない。
また、そういう意味ですと文中で説明せずに平気なのもコーチングの成果かも知れない。

屋形船は象徴的に感じる。

屋形船の中が顕在意識の世界、外が意識下の世界。
自分が見たり聴いたり考えたりしている世界が屋形船の中であり、
それは意識下という海に浮かんでいる。

船の中は居酒屋の個室そのもので、飲み会はそこで全てこと足りる。
その空間は居酒屋と変わらないかも知れない、
だがその空間が川や海の上に浮かんでいて
中で騒ごうが笑おうが泣こうが怒ろうが、船は進んでいるのだ。
ふと外を見ると、さっきとは違った景色にいるのだ。

屋形船のこのカラクリは、心を象徴するのに丁度いい。

中の世界と外の世界、つまり意識上と意識下がどのように関連しているのかは
よく分からないけれども、

ふと外を見たら大きな海の中に出ていました。

と、いうことだけ書ければいいと思った。

P1210142.jpg

海に浮かんでいるんだから、波で揺れるのは当然。

それは悪い事件ではなく、当たり前なことなのだ。


15:15 - comments(0)
雨の橋

車で取引先のところへ向かった。
外は本降りの雨であり、気温はかなり低い。
少しミゾレも混じって来た。

ブルーのビニル合羽を着たオバチャンが、自転車を押している。
顔は殆どフードで隠れているが、何故か一瞬目が光り、
チラリとこちらを見た。
太っている。60歳くらいだろうか。

こちらは暖かい車の中で、雨も侵入しない。

今日は寒そうだ。
もっと寒い日もあるし雪の日もあるが、
今日くらいの中途半端さが最も寒いのではないか?
これ以上寒いと、外を歩いていて
どこか「大変なことをしている自分」に充実感があったりする。
「スゴイ寒さの中で外にいる自分」を肯定出来るのだ。
自分に負荷を与えることは、なんか「いいこと」のような気がしてしまう。
ま、そういうふうに教育されてぼくは大きくなった。
だから、かなり寒いと自分を「エライね」って褒めることが出来るのだ。
今日はそこまでの寒さでは無い、そのギリギリ一歩手前というところか。
「この冬一番の寒さ」とか「猛烈に厳しい寒波」などとニュースが言いそうにない。
ましてや西日本は暖かいらしいので、ただでさえ「寒いね、大変だね」と言われる北国とは異なり
「どうせ東京の寒さなんて大したことない」という世間の常識の中、
オバチャンは黙って自転車を押す。
帰宅しても「すごい寒かった!!」と大騒ぎは出来ないだろう。
だから、今日は、きっととても寒いのだ。
人々が理解し共感してくれたら、その寒さは甲斐がある。
耐え忍ぶ甲斐の無い寒さほど寒いものはないだろう。

雨なのに自転車は結構見掛ける、そしてその多くが女性だった。
若い女性の方が多い。
そして、みな脚を出している。
そして、みな黒のストッキングだ。
パンツ姿の自転車女性はほとんど見なかった。

黒ストッキングの流行は素晴らしい。
女性の脚のラインほど美しいものは、そうそう無い。
勿論なま足でも素晴らしいのだが、
黒いストッキングによって抽象性が増している。
生々しさが消えて、美しいラインだけがシルエットのように浮き上がっている。
自転車に乗っていると、歩いているより膝に角度がついており、
それが更に輪郭線の抽象性を高めている。

脚を目撃して、ただにやけて「ええで、ええで」と言っている姿をそのまま文章にする勇気がぼくには無い。
それで仕方なく抽象性がどうしたとか、シルエットがどうとか、もっともらしいことを言っている。

ただ、どちらかというと脳裏に残っているのは
雨の中、黙って自転車を押していたオバチャンの方だ・・

これは一体、どうしたものか。

錦糸町と亀戸の間にある川に架かっている橋の上でオバチャンをみた。
その橋は、川の上を半円状にアーチを描いている。
つまり、その橋を渡るには、結構傾斜を登って下る。
橋のこちら側から向こう側が見えないくらい盛り上がっている。
自動車だと途中で発進するのに、後退しないよう神経を使うくらい傾斜している。

その坂を、オバチャンは黙々と自転車を押して登っていた。
オバチャンの後ろに川が見えた。
雨が降りかかって、川面がざわざわしていた。
遠くは霞んでいる。

写真に撮りたい光景だった。

自転車を押すオバチャンに何かを感じた。

ひと言でいうと、「あ、生きてる」としか表現しようがない・・




16:31 - comments(0)
服を脱ごう。
P1210146.jpg

先ほどツイッターでこう述べた。

「素直」っていう既製服は安くてどこにでも売っているが、
いま着ている服の上に重ね着すると着グルミになっちゃってどうしようもない。
あり方としての「素直」は服を脱ぐことだろうよ。

既製服、つまり一般的に流布されている様々な価値観とか考え方とか。
それを今の自分の「上」に「着てしまう」と、
どうしようもないと思うのだ。

例えば「ポジティブ」という服を、自分の持つ憎しみとか妬みとか怠慢とか、
それを覆い隠すように着てしまっては、ポジティブに「見えるだけ」だと思う。
それは「ポジティブ」という着グルミを着ているだけで、
傍から見ても「ああこの人は着グルミだ」って分かるのに
本人だけがバレてない積もりでいる。

人がパンダの着グルミを着てたら、見た目がパンダでも動きで「中に人がいる」と分かる。
それと一緒で「ポジティブ」っていう着グルミを着てたって
見掛けが「ポジティブ」なだけで、動きで「ああ中身は別人だ」って分かってしまう。

そもそも「24時間ポジティブでいよう」「そういう人間に見られよう」と考える時点で
ファッションセンスに大きく欠けると思う。

ぼくとしては、本当にそれが必要な、いざという一瞬だけポジティブであることが出来たら
それで十分だと思う。
ファションで言えばワンポイント的なものであり、差し色的なものだ。

つまり「いつだってポジティブ!!」なんて言ってるのは
蛍光イエローとか鮮やかな赤とかで全身を固めているようなものだと思う。

そうやって考えると、人が「いい」と言ったものを「そうか!!」って盲目的に従うと
滅多矢鱈と全身にそれを纏おうとする、やはりそれは着グルミだと言うしか無い。ちーん

近年流行っている着グルミは「わくわく」を筆頭に「スピリチュアル」「ナチュラル」「感謝野郎」
「マクロビ女子」「キラキラ女子」「成功法則男」「幸せ女子」「上質男」「癒し大人」
「シンクロ女子」「引き寄せ女子」「セミリタイアおやじ」あたりだろうか。

定番なのは「スポーツマン」とか「金持ち」とか「不良っぽさと少年ぽさを失わない大人」とか
「小悪魔系」とか「喧嘩上等」とか「海を愛する男」とか「セレブ」とか「薀蓄おやじ」とか?

何かウダウダ書いても仕方ない気がして来たので、簡単に言うと

「着よう」としないで服を脱いでいけば、いつか着たいと思っていたのと同じ自分が見つかるだろう。

それは着グルミじゃなく自分の姿そのものなので
蒸れることもないし動きにくいこともないだろう。
そしてきっとセクシーだろう。

ま、薄着のほうが服のセンスは難しいと感じているので
せっせと感覚を磨くしかないか。

そして何しろボディを磨かないことには話にならない。

厚着したがるのは、自分のボディが好きじゃないからだ。。ちーん

ああ、こんなにエラそうなことを言ったら、ぼくも実行しないとまずいな・・


P1210145.jpg
21:39 - comments(0)
エッチな夢
むむ
今朝はエロい夢をふたつ見た・・
P1200761.jpg

昨夜寝て直ぐに見た夢は、何だか見知らぬ女性とただエッチするという夢。
その女性が、まるでサイボーグのような宇宙人のような、
ずっと微笑んでいるんだけど何の感情も無い、体温も無い、何の意思もないという感じで。

それで目が覚めて眠れなくなり、明け方にウトウトしてまた夢を見た。

大きな布団に寝ており、同じ布団の隣りに男性がいる。
端正な顔立ちで若々しくもあり人生経験豊富な雰囲気もあり。
黙ってじっと空を見つめている。
退屈したぼくは、彼に内緒でこっそり一人エッチでもするか、と考えている。
次の場面では、もうぼくは「それ」を済ませた後らしい。
それで、ああ、こんな状況でやったら絶対に彼にはバレてるよ、などと考えている。
彼は相変わらずむっつり黙ったまま宙を見つめている。
それからぼくは布団を抜け出して着物を着る。
とても良い着物だ。女物なのだが・・まあそれは夢なので、そんな世界らしい。
ところで、さっき寝ていた布団はある知人の布団で、何だか悪かったなぁなどと思っている。
古い日本家屋で2階に上がるのに梯子で登る。
床がミシミシいっている。
そして2階から外に出た。
1階は谷底にあるらしい。

そして隣りの家へ行こうと自転車に乗った。
隣りの家へ行くのには物凄い、ほぼ垂直に聳え立つ坂があって「とても登れないや」と思い
坂を下る。
谷底から隣りの家へ行こうと思った。
振り返って崖のような坂を見る。
(前はバイクであそこを登っていたのに・・)と思っている。

谷底には小さな小川が流れていて、それを渡って隣りの、これまた古い日本家屋へ行った。

この夢には、微妙にいま読んでいる「雪国」の影響がある。
着物を着ているとき、女性が手伝ってくれたような気がするし
その女性は駒子っぽかった。
ぼくの隣りで寝ていたのは島村っぽい。

まあ、いつものことでそれ以上は解釈しない。

夢とは言え、エッチっぽいことを書いてしまって良いのかどうか、と少し考えたが
今日のぼくの気分は「別にええやん」だった。
自分では欲求不満だとか浮気願望があるとかは思ってない。

ただ、自分のそんな面をあまりにも覆い隠して生きている現代人に違和感が無くもない。
聖人のような顔をしたがる人があまりに多いのは何故だろうか・・
その方が楽しいんだって言うなら仕方ないが。

P1200790.jpg



11:59 - comments(0)
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